Monday, February 20, 2017

梁英聖『日本型ヘイトスピーチとは何か』(2)

梁英聖『日本型ヘイトスピーチとは何か――社会を破壊するレイシズムの登場』(影書房、2016年)
梁は、「第4章 欧米先進諸国の反レイシズム政策・規範から日本のズレを可視化する」で、反レイシズムの3つの型を次のように提示する。
1 人種差別撤廃条約型反レイシズム――国連と欧州(ドイツを除く)
2 ドイツ型反レイシズム 
3 米国型反レイシズム 
このうち人種差別撤廃条約型反レイシズムが「世界でもっとも基本的な反レイシズムのモノサシと言える」「スタンダードなレイシズム禁止法」であり、「ドイツを除く欧州や世界各国で採用されている」という。ドイツ型反レイシズムは「ナチズムの過去の克服として極右を規制し、歴史否定に反対する規範をつくったという。米国型レイシズムは公民権法によりレイシズムを違法化しつつ、差別を行為/言論に分けて、言論を保護し、その結果、ヘイト・スピーチを容認する。
梁は、3つの型の差異と共通性を検討した上で、欧米先進諸国も、ムスリム差別、植民地主義、難民への対処、資本主義という4点で難問に直面しているとみる。
それでは日本はどうか。梁は「4 欧米先進諸国の反レイシズムと日本の現状」で、次のように指摘する。
「日本には、第一の人種差別撤廃条約型のようなレイシズムとレイシズム煽動を規制する国内法がない。これは九五年に人種差別撤廃条約を批准して以後も変わらない。」
「第二のドイツ型のように『過去』との類似性をモノサシとしてレイシズムを測る規範もない。」
「第三の米国型のような、マイノリティ側の表現の自由を尊重しアファーマティブ・アクションを重視するやり方での反レイシズムも、日本には皆無だった。」
従って、これら3つの型を日本にそのまま当てはめることはもちろんできない。しかし、現在の日本でヘイト・スピーチをなくすという課題は意識されている。それゆえ、ヘイト・スピーチをなくす課題を手掛かりに差別をなくす課題を認識させることが重要だという。
梁の主張は明快であり、大筋的確である。以下、若干のコメント。
第1に、欧米先進諸国の経験をそのまま日本に当てはめることができないとしつつ、それぞれの型がどのように形成され、その後の展開を示しているかを確認し、そこから日本をどのように見るかを検討する手法は合理的である。そのさい、人種差別撤廃条約という「普遍性」を帯びた型と、ドイツ型、米国型を対比し、全体を把握したうえで、日本的特質を導き出すのも適切であろう。
第2に、日本には差別禁止法がなく、ヘイト・スピーチ規制法もなく、歴史否定を犯罪とする法もなく、およそ反レイシズム規範が形成されて来なかったという特質の指摘も納得できる。このことは人種差別撤廃員会が繰り返し指摘してきたことである。人種差別撤廃員会でのロビー活動に協力してきたNGOの共通認識でもある。差別禁止とヘイト禁止のための総合的な法政策の必要性は、人種差別撤廃条約以来、半世紀に及ぶ国際人権法の常識と言ってよい。
第3に、梁が、世界をいちおうは見渡しつつも、実際には欧米先進諸国に絞り込んだ議論をしていることが気になる。欧米先進諸国の大半が旧植民地宗主国であり、レイシズムを生み出した本拠である。欧米先進諸国におけるレイシズムの形成と展開を抜きに、欧米先進諸国における反レイシズム違反を出発点としているように見える。
レイシズムに関する記述が先行しているが、反レイシズム規範を有する諸国が、今現在、植民地主義や資本主義という問題に直面しているという整理は、歴史的にも論理的にも逆転しているのではないだろうか。
第4に、歴史否定問題をレイシズム認識、レイシズムと闘いの問題として位置付けているのは正当である。重要な指摘だ。特に日本の現状に対する批判として、この指摘を繰り返す必要がある。ただ、ドイツの特殊性に偏りすぎていないだろうか。ナチスドイツの歴史に反省して、というのは正しい認識であるが、同時に、「アウシュヴィツの嘘」処罰に代表される歴史否定犯罪の処罰は、フランス、オーストリア、スイス、リヒテンシュタイン、スペイン、ポルトガル、ストヴァキア、マケドニア、ルーマニア、アルバニア、イスラエル、モンテネグロ等にある。加害側のドイツだけでなく、被害側や中立国にもある。