Sunday, August 14, 2016

知られざるプロ野球の戦中史

山際康之『兵隊になった沢村栄治』(ちくま新書)
<ベーブ・ルースをきりきり舞いさせるなど活躍し、将来を嘱望されるも、三度も出征し落命した悲運の投手・沢村。彼は何を考え、戦地に赴いたのか。本書は人間・沢村を描くとともに、当時の野球関係者の興味深い動きを描き出していく。表向きは時局に迎合し戦争に協力するかのように「偽装」しつつ、職業野球連盟は沢村の悲劇を繰り返さぬよう、野球界や選手らを守ったのだ。その工夫とはいかなるものだったか。知られざる戦時下の野球界を、資料の綿密な分析から再構成する。>
職業野球連盟が結成され、高校野球や六大学と並んで人気を博した時期のこと、特にベーブ・ルースをきりきり舞いさせたという沢村栄治のこと、その沢村が徴兵され苦労を重ねた末に戦死したことはよくしられている。というか、その部分だけが語られてきたと言ってもいいくらいだ。足をピンと跳ね上げて豪速球を投げ込む沢村のイメージ。戦前戦中における野球は敵性スポーツとされ、「ストライク」が禁止されて「よし1本」になった話も知られている。そして戦火が激しくなり、ついに職業野球の灯が消える。その過程をつぶさに調べ、詳細を明らかにしつつ、一部の野球専門家だけでなく、一般向けに分かりやすく書いたのが本書だ。単に詳しく調べたのではない。軍に抑圧されながらも、野球を守るために、時に「軍を欺く」戦術を工夫した人々の闘いもえがかれる。このエピソードは、以前、著者から少し聞いたことがあったので、どんな風に書かれているのか、興味があった。他にもエピソード満載だ。特にプロ野球ファンでなくても面白く読める。

著者は同僚だ。かつてソニーでウークマン開発に携わり、後にエコデザイン、分解デザイン工学を研究し、サステナブル・デザインもすすめる。他方、ノンフィクションでは『広告を着た野球選手』(河出書房新社)もある。エコデザイン、広告、そこから野球の広告と言うのは、まだつながっているが、沢村を中心にした戦時下プロ野球の秘話の発掘は、かなり遠い話だ。著者の関心、調査、執筆の幅の広さには驚かされる。