Thursday, August 04, 2016

大江健三郎を読み直す(61)隠れた傑作?

大江健三郎『キルプの軍団』(岩波書店、1988年)
このところ多忙のため、少々間があいたが、「大江を読み直す」を再開。
大江ワールドの拠点・四国の森から離れて、高校三年生の僕が忠叔父の物語を一人称で語る青少年期の一断面。ディケンズ『骨董屋』がモチーフである。
『万延元年』『同時代ゲーム』などの一連の傑作とは異なるが、中間山脈の傑作だと思う。読んだ当時はそう思っていた。しかし、一般に大江文学論において本書は無視されがちである。新潮文庫『大江健三郎 作家自身を語る』では、一度も言及されていない。他方、『早稲田文学』の「大江健三郎(ほぼ)全作品」では、小説家の藤谷治が本書を担当している。
「ラストはディケンズ的である以上にベートーヴェン的であると僕は感じる。人生に取り返しのつかない苦悩があるのを直視して、なおかつそれでも、前進する、人間のたくましい美しさが、このドキドキハラハラ小説の大尾で語られる。文学の役割は人間を励ますことだと、僕はこの小説で学んだ。」(藤谷治)

70年代の内ゲバに端を発する陰惨な暴力事件を反映したという点では、エッセー集『壊れものとしての人間』や短編小説集『河馬に噛まれる』の流れにあるともいえるが、本作はむしろストーリー展開の巧みな楽しめる小説である。