Wednesday, December 30, 2015

『母と暮らせば』を観た

映画『母と暮らせば』の監督は山田洋次、主演は吉永小百合、二宮和也、音楽は坂本龍一という豪華スタッフだ。
こまつ座は、『父と暮せば』(初演1994年)、『木の上の軍隊』(原案:井上ひさし、蓬莱竜太・作/2013年)、『母と暮せば』(山田洋次監督/2015年)を、「戦後命の三部作」と命名している。『父と暮らせば』は『紙屋町さくらホテル』『少年口伝隊1945』とともに、一部の井上ひさしファンの間では「ヒロシマシリーズ」「ヒロシマ3部作」と呼ばれてきたが、ナガサキを舞台に演劇を作りたいと語っていた井上ひさしの言葉から、映画作りが進められた。決まっていたのは『母と暮らせば』というタイトルだけで、それ以外の資料は残されていない。山田洋次、平松恵美子、井上麻矢らが知恵を寄せ合い、思いを寄せ合った結果、この作品ができあがった。
 山田洋次に吉永小百合だけあって、安心して見られる映画と言うのが第一印象。見る前からそうだが、見終わっても同じ印象だ。若い二宮和也、黒木華も好演しているし、脇を固める浅野忠信、加藤健一、小林稔侍、辻萬長らはさすがの演技。
 井上ひさし演劇と違って、物語の構造が極めてシンプルだ。『父と暮らせば』も2人芝居のためシンプルだったので、他の井上作品のような多重構造はとらず、どんでん返しもない。結末の意外性や、ひねりはない。それが本作のテーマにふさわしい。
もう一つ、井上ひさし作品との違いは、民衆の戦争責任に言及していないことである。昭和庶民伝3部作でも東京裁判3部作でも、国や天皇の戦争責任を描くとともに、戦争協力した民衆の責任にも視線を配してきたのが井上作品だ。しかし、本作はそこまで射程を及ぼしていない。母と息子の愛情の物語にしたため、民衆の戦争協力を入れると筋立てが変わってしまうからだろう。
ともあれ、これでヒロシマ、ナガサキ、オキナワを舞台にした「戦後命の三部作」が完成した。井上ひさしが描いたのは『父と暮らせば』だけだが、三部作すべて井上ひさしワールドだ。

こまつ座『父と暮らせば』(井上ひさし作)
木の上の軍隊』(原案:井上ひさし、蓬莱竜太・作/2013年)

Tuesday, December 29, 2015

日本軍「慰安婦」問題に関する日韓外相会談に対する弁護士有志の声明

日本軍「慰安婦」問題に関する日韓外相会談に対する弁護士有志の声明

1 2015 12 28 日、日本の岸田文雄外相と韓国の尹炳世外相は、日本軍「慰安婦」問題の解決に関する共同記者会見を行った。

記者会見において岸田外相は、第一に、「慰安婦」問題が当時の軍の関与の下に多数の
女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から日本政府は責任を痛感し
ていること、安倍首相が日本国の内閣総理大臣として改めて、「慰安婦」として数多の苦
痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわび
と反省の気持ちを表明する、と述べた。これは、安倍内閣も含めて歴代内閣が踏襲する
としてきた河野談話の一節とほぼ同じ表現である。
これまでの歴史研究や裁判所の判決等の成果を踏まえるならば、日本軍が主体的に「慰
安所」を立案・設置し、管理・統制していた事実や、慰安所での性暴力が国際法や国内
法に違反していたことなどを認めることができる。日本政府が今日「慰安婦」問題の事
実と責任に言及するのであれば、これらの研究成果等も踏まえるべきであり、それが被
害者の求めていることでもある。その点で、岸田外相の上記言及は不十分と言わざるを
得ない。

第二に、日本政府は、韓国政府が設立する財団に日本政府の予算から約10億円を一
括して拠出し、日韓両国政府が協力して、「慰安婦」被害者の方々の名誉と尊厳の回復、
心の傷の癒やしのための事業(以下「名誉回復等事業」という。)を行うとしている。し
かし、その内容は不明であり、具体化は先送りされたといえる。
(1) 名誉回復等事業の一環として、日本政府が女性のためのアジア平和国民基金(アジア女
性基金)解散後のフォローアップ事業の規模拡大を検討している旨報じられている。し
かし、アジア女性基金は国の責任を曖昧にしたとして批判され、韓国の「慰安婦」被害
者の多くがアジア女性基金からの償い金の受領を拒否した経緯がある。そのため、アジ
ア女性基金のフォローアップ事業に対する被害者及び支援者からの批判は強い。したが
って、フォローアップ事業を名誉回復等事業として行うべきではない。
(2) そもそも、日本軍「慰安婦」問題解決に最も重要なことは、日本政府が、「慰安婦」へ
の加害と被害の事実と、それに対する責任を明確な形で認め、公式に謝罪をすることに
ある。そして、被害者らが求めているのは、その謝罪の証としての賠償であるし、「慰安
婦」問題の真相究明や、義務教育課程の教科書への記述などの再発防止措置などである。
(3) 賠償に関しては、日本政府は、日韓請求権協定第 2 条第 1 項が請求権問題について「完
全かつ最終的に解決された」と規定していることにより日本は法的な責任を認めること
はできず、また法的な賠償を行うことはできないという説明を繰り返し表明している。
しかし、このような説明はミスリーディング(誤導的)である。

日韓請求権協定第 2 条第 1 項は、以下のとおり、日本政府が被害者個人に対する法的
な責任を認め、法的な賠償を行うことについての障害とはならないからである。
すなわち、中国人「慰安婦」被害者についての事件に関する日本の最高裁判所の判決
(2007年4月27日)は、サンフランシスコ講和条約及び日中共同声明の請求権放
棄条項(以下「請求権放棄条項」という。)について、「請求権を実体的に消滅させるこ
とまでを意味するものではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせる
にとどまる」と判示した。また、同日に出された中国人強制連行被害者の事件に関して、
最高裁は請求権条項に関し上記と同じ論理を述べたうえで、「個別具体的な請求権につい
て、その内容等にかんがみ、加害者側において任意の自発的な対応をすることは妨げら
れない」と判示した。裁判上の請求は認められないが、裁判手続の外で賠償を受ける法
的権利としては残っているとしたのである。この最高裁の判決の論理は日韓請求権協定
第2条第1項の解釈にも妥当する。したがって、同協定第 2 条第 1 項は、日本政府が被
害者個人に対する法的な責任を認め、法的な賠償を行うことについての障害にならない。
ところが、以上の理を、日本政府は、国民や社会に対して十分に説明せず、同協定第 2
条第 1 項を理由に法的責任、法的賠償ができないとしてきた。今回、これを改め、日本
政府は、最高裁の判断を尊重し、被害者個人の賠償請求権が実体的には消滅していない
ことを前提に、解決を図るべきである。
(4) 仮に名誉回復等事業が、日本政府の「慰安婦」問題に関する謝罪の証として行われるの
であれば、その内容は前記のとおり被害者の要求に適合したものにすべきであり、その
ためには、名誉回復等事業の策定過程において、「慰安婦」被害者や支援者の意向を十分
に反映すべきである。

第三に、日韓両国政府は、名誉回復等事業が着実に実施されるとの前提で、「慰安婦」
問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認したとしている。
(1) 日本軍「慰安婦」問題の最終的解決のためには、日本政府による「慰安婦」に対する加
害と被害の事実と責任への具体的な言及と謝罪、謝罪の証としての賠償等が誠実に実施
されることがなければならない。前記のとおり、日本政府の事実及び責任への言及は不
十分であるし、名誉回復等事業の内容も定まっていない。このような段階で、日韓両国
外相の合意により最終的かつ不可逆的に解決したなどということはできないし、最終的
な解決を「慰安婦」被害者の頭越しに両政府が取り決めることはできない。
(2) 日本軍「慰安婦」問題の解決のためには、日本政府が心からのおわびと反省の気持ちを
表明するだけではなく、それを被害者らに受け入れてもらえるように、日本政府が不断
の努力を行動で示すことが必要である。そこには、「慰安婦」の被害実態を否定しようと
する言説に対して日本政府が敢然と反駁するなど、日本政府の一貫した姿勢を示すこと
も含まれている。それらの努力が継続されることで、被害者や遺族や支援者などから信
頼を得ることができるのであり、それにより初めて日本軍「慰安婦」問題の最終的解決に近づくのである。両国政府間で「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認した」
からといって、日本軍「慰安婦」問題が最終的に解決したとは言えない。
(3) 記者会見では、日本軍「慰安婦」問題の最終的かつ不可逆的に解決されたといえるため
には、その前提として、日本政府が表明した措置を着実に実施することが必要であると
されている。日本軍「慰安婦」問題が最終的解決に至るか否かは、「慰安婦」に対する加
害と被害の事実への具体的な言及と謝罪が行われ、名誉回復等事業の内容が被害者の要
求に適合していることを前提に、日本政府がそれを着実に実施することで被害者等の信
頼を得ることができるのか否かにかかっているのである。

第四に、日本政府は、韓国政府と共に、国連など国際社会において、「慰安婦」問題に
ついて互いに非難・批判することは控えるとしている。この点、韓国外相は、「日本政府
が表明した措置が着実に実施される」ことを前提としたうえで、互いに非難・批判する
ことは控えると述べている。
 したがって、今後日韓両国政府が相互非難・批判を自制できるか否かは、名誉回復等
事業の内容の確定と、日本政府によるその着実な実施にかかっているのである。

第五に、韓国政府は、在韓国日本大使館前の少女像に関し、可能な対応方向について
関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する、としている。
 少女像は「慰安婦」被害者を支援する韓国の民間団体が設置したものである。そのた
め、日韓両国政府が少女像について解決への努力に合意したとしても、その合意自体、
当該民間団体を法的に拘束するものではない。
 そもそも少女像は、駐韓日本大使館前で日本軍「慰安婦」問題の解決を求めて行われ
てきた「水曜デモ」が 1000 回を迎えたことを記念して建てられたものである。その経緯
に鑑みれば、少女像の適切な解決のために最も重要なのは、日本政府が日本軍「慰安婦」
問題に対する従来の姿勢を改めて事実と責任を明確に認め、日本軍「慰安婦」被害者や
支援団体の理解を得ることである。
 記者会見では、少女像の解決への努力は韓国政府が負担することになったとされたが、
本来は、日本政府が「慰安婦」被害者や支援団体の理解を得ることができるかどうかに
よるのである。

以上のとおり、日本軍「慰安婦」問題に関して日韓両国外相間で合意が成立したとい
うものの、問題は先送りされておりいまだ問題の解決に至っていない。日本軍「慰安婦」
問題の解決は、今後の日韓両国政府及び日韓両国市民の取組にかかっているのであり、
今般の日韓外相合意はその出発点に過ぎない。
日本軍「慰安婦」被害の実態を究明し、これを世界や、後世に伝えていくことは、日
本政府が真に事実と責任を認め、謝罪の意思を有していることを示す証であるとともに、
未来に向けて二度と同じ過ちを繰り返さず、真に人権が保障される社会を築こうとする
決意の表れでもある。それは日本を貶めることではなく、かえって、これこそが日本の
目指すべきところである。もとより「慰安婦」被害者は韓国人被害者だけでなく、朝鮮
民主主義人民共和国(北朝鮮)、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、東ティモール、
オランダなどの地域に存在する。これらの被害も含めて「慰安婦」被害全体についての
事実究明、教育、広報を通じてこそ、日本がいまも人類が克服できていない、戦時の性
暴力被害を地上から撲滅する先頭に立つことができる。それこそが日本が目指すべき目
標であり、今回の合意はこの目標にかなうものでなければならない。
私たちは、今回の合意がその目標に向けた新たな取り組みの出発点として、日本政府
が、韓国政府の協力のもと、「慰安婦」被害者の要求を踏まえて、「慰安婦」への加害と
被害に具体的に言及し、責任を認め、誠実に謝罪をするとともに、その謝罪の証として
賠償等の具体的な措置を、被害者が受け入れることができるような内容、形態において、
誠実に実施することを強く求めるものである。

 2015 12 30
日本軍「慰安婦」問題の解決を求める弁護士有志(五十音順)

        弁
真          
基          
子         小野寺
        弁
功         
         弁
         弁
和        
        弁
統一郎        弁 麻衣子
燕         
         弁
由紀子        弁
西        弁
登紀子        弁 ゆかり
       弁

       弁