Sunday, December 28, 2014

切れ味鋭い憲法学者の近代日本論

樋口陽一『加藤周一と丸山眞男――日本近代の<知>と<個人>』(平凡社)
近代日本が体現した矛盾としての西洋的なるものと日本的なるものの相克は常に問われ、語られてきた。パロディとしての「近代の超克」は別論だが、近代個人主義と日本的伝統との軋みは今なお問い続けるべき課題である。憲法学者の樋口は戦後思想の加藤と丸山に即して、日本の憲法論議における民主主義、立憲主義、憲法制定権力を論じる。加藤の「雑種文化論」、丸山の「弁証法的全体主義」「規範創造的自由」を軸に、ルソー、ロック、ホッブズ、トクヴィル、シュミット、ラッセル、中江兆民など縦横無尽に語る。主権、人権、民主主義という憲法の原理レベルの考察を、わずか180頁の小著で見事に展開している。安倍政権の憲法破壊と改悪攻撃の現実に立ち向かう問題意識で、歴史と論理、<知>と<個人>、加藤と丸山と格闘するのは樋口でなければできないことだろう。

樋口は1934年生まれだからもう80歳だ。仙台一高で井上ひさしと同期、菅原文太と一年違い。大学生の頃、樋口の革命的著作『近代立憲主義と現代国家』『議会制の構造と動態』が出ていたので読もうとしたが、その能力がなかったので大学院時代に再読したのを覚えている。その後も樋口の著作を10冊以上は読んだと思う。秀才揃いの憲法学者の中でもひときわシャープな知性であり、切れ味が鋭すぎるほどの印象だったが、近年は老大家らしく教養豊かな味わいのある文章を次々と送り出している。

もっとも私なら幸徳秋水、石川啄木、小林多喜二らとともに、管野スガ、金子文子、長谷川テルにもう一つの日本近代の<個>を見るが。