Sunday, October 19, 2014

ヘイト・スピーチの憲法論(6)

6 表現の自由と責任――憲法第二一条と一二条
 日本国憲法第二一条第一項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」とする。憲法学は表現の自由の保障を持ち出してヘイト・スピーチ規制に消極的である。しかし、この解釈は憲法の基本精神に反する疑いがあるのではないだろうか。
 第一に、憲法第一三条の人格権や第一四条の法の下の平等を無視する根拠がない。憲法学は第二一条の表現の自由を「優越的地位」と称して、事実上絶対化する議論を展開してきたが、不適切である。憲法第二一条をいくら強調しても、憲法第一三条及び第一四条を覆す理由にはならない。まして、憲法第二五条の生存権を無視することは許されない。
 この点で注目されるのは、憲法学の大家・芦部信義が法の下の平等を「人権総論」ではなく「人権各論」に位置づけていることである。法の下の平等を人権各論に位置させることにより、同じく人権各論に位置する表現の自由と同等の位置にあることになり、表現の自由には人格権に加えて民主主義という根拠ゆえに優越的地位が認められるので、法の下の平等よりも表現の自由が優越するという仕組みになっている。
しかし、芦部説には根本的に疑問がある。憲法第一四条の法の下の平等は、その内容からみて「人権総論」に位置するはずである。個別の自由や権利とは異なる。条文の位置付けから見ても、憲法第一一条から第一四条までは「人権総論」と見るべきである。憲法第一三条と第一四条は人権総論の中核である。
 第二に、表現の自由の根拠は人格権と民主主義に求められる。その人格権とはまさに憲法第一三条である。憲法第一三条の人格権を破壊するヘイト・スピーチを、人格権を根拠にもつ表現の自由を口実に許容するのは論理矛盾である。
 第三に、民主主義についても同じことが言える。ヘイト・スピーチはターゲットとされたマイノリティの社会参加を阻み、民主主義を否定する行為である。刑法学者の金尚均は「ヘイトスピーチの有害性は、主として、社会のマイノリティに属する個人並び集団の社会参加の機会を阻害するところにあり、それゆえ、ヘイトスピーチを規制する際の保護法益は、社会参加の機会であり、それは社会的法益に属すると再構成すべきである」と主張している。社会参加の機会と言うのも民主主義にかかわるだろう。
 民主主義を根拠に表現の自由の優越的地位を唱えながら、表現の自由を口実に民主主義の破壊を擁護するのは論理矛盾である。人格権と民主主義に根拠を有する表現の自由を根拠に、他者の生存権や生命権を危険にさらすことが許されないことは言うまでもない。
 第四に、「マジョリティの表現の自由」と「マイノリティの表現の自由」を考える必要がある。憲法第二一条は表現の自由の主体を特定したり、区別してはいない。しかし、憲法の基本精神から言って、マイノリティの表現の自由を強く保障するべきことは当然である。マイノリティの表現の自由をマジョリティの表現の自由より優先する理由はないかもしれない。だが、マジョリティの表現の自由を口実にマイノリティの表現の自由を否定することは許されない。ヘイト・スピーチはマイノリティを沈黙させる「沈黙効果」を有する。憲法の基本精神に立てば、マイノリティの表現の自由を保障するために何をすべきかを検討するべきであるのに、憲法学はそれを怠ってきた。
 第五に、憲法第一二条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」としている。自由と権利には責任が伴う。表現の自由には責任が伴わなくてはならない。表現の自由とは何をやってもいいということではあり得ない。憲法第二一条を根拠にヘイト・スピーチの規制に消極的な憲法学者は誰一人として憲法第一二条に言及しない。
 第六に、憲法学は、治安維持法の歴史を持ち出して表現の自由の保障をほとんど絶対化する議論を展開してきた。しかし、この解釈は憲法の基本精神に反する疑いがある。第二次大戦とファシズムの歴史的教訓は、アジア諸国に対する侵略と差別を煽動した表現の濫用を戒めることでなければならない。表現の自由を口実に侵略を煽り、植民地支配を行った歴史を振り返り、表現の自由を濫用して民族差別を煽り、植民地人民を奴隷状態に置いた歴史を反省することこそ「優越的」である。表現の自由の優越的地位を理解するためには、表現の自由の歴史を正しく認識するべきである。歴史を無視して、表現の自由を口実にヘイト・スピーチを規制できないなどと主張するのは無責任である。表現の自由の歴史的教訓こそ、ヘイト・スピーチ規制の根拠なのである。
<表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰するべきである。>