Tuesday, February 25, 2014

レイシストになる自由?(4)

ブライシュ『ヘイトスピーチ』(明石書店)は、「3 ホロコースト否定とその極限」において、ホロコーストにまつわるレイシズムの類型と潮流を取り上げる。3類型は、第1に「ホロコーストを露骨に是認したり、賛美したり、正当化したりする」、第2に「ホロコーストを過少化ないし極小化する」、第3に「露骨なホロコースト否定」である。ドイツ、フランス、オーストリア、アメリカにおける極右、歴史修正主義が1980年代に大きな存在感を示すようになり、これへの対処として法規制が試みられてきたことを示す。1985年の欧州議会報告書、ドイツにおける法制定をはじめ、各国での試みが検討される。アメリカとイギリスでは処罰対象とならないことも。そして、アーヴィングの事例を中心に、規制賛成と反対の論拠を提示して、分析している。                                                                                  「ナチやファシスト、あるいはそれらに占領されたりそれらを支持したりした過去をもつ国は、ホロコースト否定を禁じる動きの最前線に立った。ドイツ、オーストリア、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、スペイン、ポルトガル、そして多数の東欧諸国はすべて、ホロコースト否定の処罰に利用可能な法律を制定している。・・・法律の擁護者は、ホロコースト否定は単なる言論ではなく、ましてや歴史をめぐる議論ではないととらえている。レイシズムに反対する人々にとって、それはユダヤ人と他の社会を分裂させるためにユダヤ人を孤立させ、中傷し、侮辱しようとするユダヤ人に対する攻撃の試みである。」                                                                                                                                                             ブライシュは、さらにホロコースト否定の処罰が持ちうる弊害として指摘されてきた点も検討したうえで、「ホロコースト否定が、社会全体に害を及ぼしかねない憎悪を引き起こすことが確実であると判断される場合には」「ホロコースト関連のレイシズムを、扇動に関する一般的な法令で罰することである」とする。                                                                                                                  ドイツ法については楠本孝(三重短期大学教授)、櫻庭総(山口大学助教授)による、もっと詳細な専門研究がある。ブライシュは、ドイツ以外の欧州諸国を分析対象に加え、なおかつアメリカとの対比に視線を注いでいる点で、楠本、櫻庭とは違った趣を示している。また、本書全体を通じて、アメリカ型と欧州型を固定させるのではなく、それぞれがどのように変化して現在に至っているのかを必ず基本に据えて分析している。その意味で、本書は非常に有益である。                                                                                                   若干疑問を指摘しておこう。                                                                                                     第1に、冒頭にホロコースト否定の3つの類型を提示しているが、その後の分析ではこの3類型を区別した議論には必ずしもなっていない。例えば、スペインでは、2007年11月7日の憲法裁判所判決が、ジェノサイドの単なる否定は人間の尊厳に反するとしても犯罪ではなく、これを犯罪とした刑法607条の「否定」という文言は憲法違反であるとして、処罰を否定し、他方、ジェノサイドの「正当化」は犯罪実行を間接的に煽動するものであり、憎悪誘発観念の公然たる撒布に当たるのでまさに犯罪であり、「正当化」処罰条項は合憲であるとした。3類型論を唱えるのであれば、最も重要なスペイン憲法裁判所判決をきちんと踏まえる必要がある。今後の研究では、「ホロコースト否定」という一般論ではなく、その内実に立ち入った分析が必要となる。                                                                                                                                                                                              第2に、ブライシュは、ホロコースト否定はすべてユダヤ人に対するレイシズムであるとしている。もともとはその通りなのだが、現在ではこのように言えないだろう。フランス刑法は、ユダヤ人に対するホロコーストだけではなく、国際法廷判決において確定した人道に対する罪すべてを含む趣旨になっている。つまり、旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷で確定した民族浄化の犯罪、ルワンダ国際刑事法廷で確定したツチ・ジェノサイドなどの否定も処罰対象になりうる。さらに、つい先日このブログで紹介したばかりだが、スイスでは、アルメニア・ジェノサイドの否定が犯罪とされた。アルメニア・ジェノサイドに関する国際法廷判決は聞いたことがない。フランスと違って、スイス刑法には「国際法廷判決で確定した」という要件がないのだろう。                                                                                                                                   このことは、2001年のダーバン人種差別反対世界会議で紛糾に紛糾を重ねた論点にかかわる。アジア・アフリカ諸国はホロコーストholocaustsを厳しく批判し、再発防止を求めた。ユダヤ人団体はこれに徹底抗議して、Holocaustの再発防止を求めた。ホロコーストとは、ユダヤ人が被害を受けた歴史上一回限りの大事件なのか(大文字で始まる単数形Holocaust)、それとも世界各地で繰り返されてきた悲劇なのか(小文字のholocausts)。これをめぐってダーバン世界会議は紛糾し、決着がつかなかった。                                                                                                      日本でこの議論をする場合には、日本帝国主義による平和に対する罪、戦争犯罪をどう見るかに関わり、南京大虐殺や「慰安婦」問題ということになる。どんな差別発言も表現の自由だという日本であり、しかも歴史否定論者が首相という異常な国であるから、まともな議論にならない。