Tuesday, June 19, 2012

国連人権理事会の普遍的定期審査


ヒューマン・ライツ再入門

国連人権理事会の普遍的定期審査



統一評論521号(2009月)



日本審査



 二〇〇八年五月九日、国連人権理事会第二回普遍的定期審査作業部会において日本の人権状況について審査が行われた。

 審査にあたって多くのNGOが人権理事会に情報を提供し、充実した審査が実現した。作業部会および人権理事会総会において、日本の人権状況について数々の質問がなされ、日本政府が回答したが、多くのNGO参加者が「日本政府の回答は回答になっていない」と述べたように、 数々の問題について的確な事実に基づいた誠意ある対応をとることができなかった。NGOは、それぞれの関心にしたがって各種の情報を提供したが、大雑把にまとめると次のような情報が提供された。

 総論としては、国連条約機関からこれまでになされた諸勧告を実施していないので、速やかに実施するべきである。パリ原則に従った国内人権機関を設置するべきである。個人通報制度を定めた人権諸条約に関する選択議定書を一つも批准していないので、批准するべきである。

 各論としては、代用監獄を廃止し、取調べを可視化し、長時間取調べを禁止すること。死刑制度存置に伴う重大な人権侵害を是正し、死刑執行を即時停止すること。国連人権諸機関から相次ぐ勧告を受けたのに、日本軍性奴隷制(「従軍慰安婦」)問題の被害者救済がなされていないので、解決するべきである。外国人、婚外子、女性に対する公的機関による差別の撤廃外国人、部落民、アイヌ、婚外子、女性、障害者に対する私人による差別の撤廃に向けた取組みを求めた。

 作業部会は、これらNGOからの情報に基づいて数々の質問をし、二〇〇八年六月の人権理事会の勧告につながった。

 人権理事会勧告は全部で二六項目であるが、一部を掲げてみよう。

 「五 第二次世界大戦中の『慰安婦』問題に関する、国連諸機関(女性に対する暴力に関する特別報告者、女性差別撤廃委員会および拷問禁止委員会)による勧告に誠実に対応すること(韓国)。」

 「六 国内法を平等・非差別の原則に合致するように適応させること(スロベニア)、あらゆる形態の差別を定義し禁止する法律の制定を検討すること(ブラジル)、刑法に差別の定義を導入することを検討すること(グアテマラ)、緊急の課題として、人種主義、差別外国人嫌悪に対する国内法を制定すること(イラン)。」

 「八 少数者に属する女性が直面する問題に取り組むこと(ドイツ)。」

 「九 在日朝鮮人に対するあらゆる形態の差別を撤廃するための措置をとること(朝鮮民主主義人民共和国) 。」

 「一〇 日本における継続的な歴史の歪曲の状況に取り組む緊急措置をとること。これは、過去の人権侵害および再発の危険性に取り組むことを拒否している現れであるためである。また、現代的形態の人種主義に関する特別報告者からも呼びかけられたように、この状況に取り組む緊急措置を勧告する(朝鮮民主主義人民共和国)。」

 「一八 軍隊性奴隷問題、および朝鮮を含む諸国で過去に犯した人権侵害に取り組むため、具体的な措置を講じること(朝鮮民主主義人民共和国)。」

人権理事会とは

 人権理事会は、二〇〇五年九月、国連首脳会合において設立が基本合意され、二〇〇六年三月一五日に国連総会で採択された「人権理事会」決議により、国連総会の下部機関としてジュネーブに設置された。国連における人権主流化の流れの中で、人権問題への対処能力強化のため、従来の人権委員会に替えて新たに設置された。

理事会は四七ヶ国で構成され、地域的配分は、アジア一三、アフリカ一三、ラテンアメリカ八、東欧六、西欧七。総会で全加盟国の絶対過半数、直接、個別に選出され、任期は三年連続二期を務めた直後の再選はできないことになっている。総会の三分の二の多数により、重大な人権侵害を行った国の理事国資格を停止することができる。二〇〇六年六月の第一回会合以来、理事会会合(通常会合と特別会合)や各種の作業部会(ワーキング・グループ)等を開催し、テーマ別及び国別の人権状況にかかる報告や審議等のほか、人権委員会から引き継いだ活動や組織の見直しを行ってきた。先進国と途上国との間での粘り強い協議の結果、二〇〇七年六月には、作業方法や組織等の制度構築包括的合意がなされた。人権理事会は次のような手続きを進める。

(一)普遍的定期審査(後述)

(二)特別手続き

 人権委員会のすべてのテーマ別特別報告者及び後述の国別報告者の任務が延長され、今後の人権理事会において各特別報告者の任務を順次見直していくこととされた。また、特別報告者の議長による選出、理事会による確認手続きも定められた。

国別特別報告者(特定国の人権状況の報告のための専門家)制度

 国別特別報告者制度については、途上国側の反対が強く、キューバ、ベラルーシの国別特別報告者が廃止されたが、朝鮮、ミャンマー特別報告者の任期は延長された。従来から人権委員会で人権分野での協力という議題の下で、派遣対象国も同意の上でコンセンサスにて設置されてきた八名の国別特別報告者(ブルンジ、カンボディア、コンゴ、ハイチ、リベリア、ソマリア、スーダン、パレスチナ)延長された。

国別人権状況決議

 国別特別報告者の任命の根拠とされている国別人権状況決議については、提案国は予め可能な限り広い支持(一五ヶ国が望ましい)を確保する責任を有することとされた。

(三)議題

 パレスチナにおける人権状況や、発展の権利等が個別の議題として設定され、国別の人権状況を柔軟に議論可能な「人権理事会の注意を要する人権状況」も議題として設定された。

(四)人権理事会諮問委員会

 従来の人権小委員会が人権理事会諮問委員会に改組され、専門家委員の人数を二六名から一八名、会期を三週間から二週間とした上で、テーマ別問題に限定して人権理事会への助言を行うとの機能が明確化された。

(五)個人通報手続き(一五〇三手続き)

 個人通報を基にして、組織的かつ重大な人権侵害を認定する制度について改善が図られた。作業部会委員の任命・交代手続きが明確化され、作業部会の活動期間についてもこれまで三週間だったが、より効果的な機能を果たすため四週間に延長された。





普遍的定期審査



 人権理事会で新設されたのが「普遍的定期審査」である。「協力」を基本理念とし、すべての国の人権状況を審査する枠組みである。

 国連加盟国各国は四年に一回審査され、理事国は任期中に優先的に審査される。審査基準は、国連憲章、世界人権宣言、当該国が締結している人権条約、自発的誓約、適用されうる人権法である。最終結論は理事会本会議で採択される。結論は、人権状況の評価や被審査国の同意を得た技術協力を含む人権促進のための協力等を内容とする。

 普遍的定期審査結果を検討する際には、理事会はフォローアップの要否を決定するとし、審査制度への継続的な非協力については、当該国に協力へのあらゆる奨励を尽くした後に理事会が対処する旨が定められるなど、フォローアップ制度が整えられた。

人権理事会では個別に特定の国家の問題状況が報告されていたが、国連加盟国すべての国の人権状況を普遍的に審査する枠組みとして盛り込まれた。

 各国の審査に要する作業時間は、作業部会における審査に三時間、作業部会における報告の採択に三〇分、人権理事会総会における審査結果の検討に一時間が当てられるというよに、一律適用が定められた。

審査結果文書は人権理事会本会合で採択される。結果文書は、勧告及び/または結論と被審査国の自発的誓約から構成される。被審査国及び人権理事会メンバー国、及びオブザーバー国(その他の国連加盟国)は、人権理事会本会議が結果文書を採択する前に見解を表明する機会が与えられる。その他関連のある関係者も一般コメントを述べる機会が与えられる。

審査は、次の三文書に基づいて行われ、当該文書は審査の六週間前までに用意されなければならない。

被審査国は、「ガイドライン」に基づいて二〇頁以内の報告書を作成し、人権高等弁務官事務所に提出する。

人権高等弁務官事務所は、被審査国に関する条約機関及び特別手続による報告並びに関連する国連公用文書を編集した文書を準備する。

人権高等弁務官事務所は、NGO等関係者が同事務所に提出した信憑性と信頼性のある情報を要約した文書を準備する。



日本政府の「貢献」



 すでに述べたように各国は人権理事会に対して、人権への「貢献」を表明する。日本政府は次のように表明した。

 「日本は、基本的人権を尊重する憲法に基づき、民主的政治制度を維持し、人権及び基本的自由を擁護・促進する政策を推進。日本は、人権は普遍的な価値、自由権、社会権等すべての権利は、不可分、相互依存的かつ相互補完的、すべての権利は均等に擁護・促進する必要があると考える。人権は国際社会の正当な関心事項であると同時に、それぞれの国には個別の歴史、伝統等が存在することから、個別の状況を踏まえ、対話、協力及び支援を通じて対応。」

 国際的貢献については、「主要人権条約を締結し誠実に履行(社会権規約、自由権規約、人種差別撤廃条約、女子差別撤廃条約、児童の権利条約、拷問禁止条約、ジュネーヴ諸条約、難民条約等)。二〇〇七年には障害者権利条約及び強制失踪条約に署名。一九八二年以来、人権委員会のメンバーとして建設的かつ積極的な役割を果たし、二〇〇六年の人権理事会設立以降は初代理事国として制度構築議論等に積極的に参加する等の貢献を行っている。国連人権高等弁務官事務所や特別報告者との協力。」

また、国内人権政策については、「児童の権利や児童虐待防止に関する法改正等の実施。男女共同参画社会基本法の制定や、男女雇用機会均等法の改正等の実施。人身取引対策に関する国内措置及び国際協力等の実施。人権擁護機関による人権侵害事案の調査や救済措置、啓発活動及び相談の実施。刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律の施行。表現の自由、集会結社の自由の保護・促進。」

国際協力については、「キャパシティ・ビルディングは、各国の人権状況改善努力に対する支援の主要な要素との考えの下、民主的発展、女性支援、教育等の分野の二国間協力を実施。また、これまで一〇カ国以上と人権対話を実施。人権関連国際機関(OHCHR、ユニセフ、国連婦人開発基金(UNIFEM)、国連民主主義基金(UNDEF))による人権関連活動に協力・貢献。国際会議、シンポジウム等の積極的な開催を通じ、人権関係の理解促進を図る取り組みを実施。)

今後の貢献・決意については、「制度構築議論や普遍的定期審査を含む人権理事会の活動への積極的な参加。相互の理解と尊重に基づく対話と協力の促進と、大規模かつ組織的な人権侵害等への対応。二国間対話及び技術協力を通じた国際社会の人権状況改善努力への支援。障害者権利条約と強制失踪条約の早期批准。OHCHRへの自発的拠出を含めた継続的支援。人権関連条約体との協力。人権プログラムの実施・促進におけるNGOとの協力。」



審査と日本政府



 日本政府は右のような「貢献」を自ら述べているにもかかわらず、二〇〇八年五月の作業部会、六月の人権理事会において、人権理事会理事国にふさわしい態度を示すことができなかった。勧告を受けた後にも、その一部を拒否する発言を公然と行っている。

 作業部会が終了した時点で、日本弁護士連合会は次のような見解を発表した。

 「作業部会における審査は、政府の報告書と共に、日本に対する国連の条約機関や特別報告書からの勧告等をまとめた報告書、及び、NGOからの情報提供の要約に基づき行われたものであり、審査を通じて浮き彫りになり国際社会から懸念が表明された人権問題の解決に向けて日本政府が一歩を踏み出すことこそが普遍的定期的審査の本来の目的にかなうと考えられる。当連合会は、改めて日本政府に対し、今回の審査において提起された人権問題について、その現状に関する情報を更に広く公開することを要請するとともに、各人権問題の解決に向けて、必要な場合には広く国民的議論を尽くし、解決に向けての具体的な一歩を踏み出すよう強く要請するものである」。

 同様にNGOの反対差別国際運動(IMADR)も次のような見解を公にしている。

 「日本政府が、今回の普遍的定期審査によって提供された、人権問題についての意義ある、双方向の対話において提起され喚起された見解に対する真摯な検討を行なう機会を生かさなかったことを遺憾に思う。残念なことに日本政府代表団は、例えばいわゆる『従軍慰安婦』問題やアイヌ先住民族の問題について、その強固な立場を強く主張し続けるためにその機会を使ってしまった。日本政府はまた、パリ原則に合致した独立し実効的な国内人権機関の設置が遅れている理由について議論することを怠った。この問題は、多くの政府によって提起された。現代的な人種主義に関する特別報告者によって浮き彫りにされた、日本において継続している差別に関する質問への応答として、日本政府は、憲法によって差別は禁止されていると述べた。しかしながらこれは、法律によって差別を定義し、その禁止を実施し、あるいは被害者を救済するための法的措置の欠如について討議する真摯な取り組みを明確に示すものではなかった。日本には依然として、人種差別撤廃条約による義務を実施するよう要請されているにもかかわらず、私人間におけるものを含む差別を定義し禁止する法律がない。」

 普遍的定期審査は四年に一回行われる予定になっている。人権理事会理事国については優先的に行われる。日本政府は次回の審査に向けて、今回の諸勧告を順次、国内で実施していくべきである。