Friday, June 17, 2011

国際法の都ハーグ(一) 旅する平和学(39)

 ハーグ(オランダ)には、国際司法裁判所と国際刑事裁判所が置かれている。国際刑事裁判所設置の際、いくつかの都市が名乗りを上げようとしたが、ハーグが名乗りをあげるや国際社会の大勢は直ちに決した。国際法の都という地位がすでに確立していたからだ。


国際人道法は、ハーグ法とジュネーヴ法の二つに分けて説明される。ジュネーヴには赤十字国際委員会や軍縮会議が置かれているし、ジュネーヴ捕虜条約、一九四九年のジュネーヴ諸条約などもある。とりわけ国連欧州本部では人権理事会が開かれ、人権高等弁務官事務所が置かれているので、ジュネーヴは国際人権法の都となっている(本誌二〇一〇年五月号~七月号)。



ハーグ法


 


 ハーグもまた国際人道法の都として知られる。『赤十字の諸原則』(一九五五年)、『赤十字の基本原則解説』(一九七九年)、『国際人道法の発展と諸原則』(一九八三年[井上忠男訳、日本赤十字社、二〇〇〇年])を著した赤十字国際委員会のジャン・ピクテは、最初に国際人道法に関する基本的な考え方を解説している。


第一に、国際人道法の目的は、敵対行為を制限し、その苦痛を軽減することにある。人道という理念に由来するもので、武力紛争時において個人を保護することが目的となる。かつての「戦時国際法」がそのまま国際人道法になったわけではない。戦時国際法のうち、人道理念にふさわしい諸原則が引用され、発展させられた。ピクテが初めて人道法という用語を提案したとき、法的概念と道徳的概念が混同されているという指摘があったという。確かに、国際人道法は道徳(人道的関心)を国際法に転換したものであるが、単に混同したのではない。


第二に、ジュネーヴ法、あるいは人道法は、戦闘外にある軍隊の構成員や、敵対行為に参加しないその他の人々を保護するためにある。赤十字国際委員会の発案と努力で形成されてきたもので、一八六四年や一九二九年のジュネーヴ捕虜条約、一九四九年の四つのジュネーヴ諸条約、一九七七年の二つの追加議定書がジュネーヴ法と呼ばれる。武力紛争時において人々を保護する規範を約六〇〇条に及ぶ法体系に法典化したものである。


第三に、かつて戦争法とも呼ばれたハーグ法は、作戦行動中の交戦者の義務と権利を規定し、敵に危害を加える手段の選択を制限する。一八九九年のハーグ会議及び一九〇七年のハーグ会議で採択されたハーグ条約を基本とする、使用を禁止された兵器など戦闘行為を規制する法体系である。ここでは軍事的必要性や国家の維持が前提となっている。初期のハーグ法の一部はジュネーヴ法に移行され、人道的な観点で共通するという意味で合流するようになってきた。


第四に、国際人道法と人権法の関係を見ると、人権法の目的は個人に対し、あらゆる場合において基本的人権と自由の享受を保障し、社会的な害悪から個人を保護することにある。人道法と人権法は、成文法としては別個の起源をもち、それぞれ発展してきたが、思想史的には、同じ歴史的、哲学的な起源を有する。どちらも人間を不正な暴力から守るために生まれたものであり、密接な関係にあるが、別個のものであり、相互に補完しあう。



国際司法裁判所



 国連憲章第一四章が国際司法裁判所の設置を定めている。「国際司法裁判所は、国際連合の主要な司法機関である。この裁判所は、附属の規程に従って任務を行う。この規程は、常設国際司法裁判所規程を基礎とし、且つ、この憲章と不可分の一体をなす」(憲章九二条)とされ、国連加盟国は当然に国際司法裁判所規程の当事国である(九三条)、国家による提訴に加えて、国連総会や安保理事会なども国際司法裁判所に勧告的意見を求めることができる(九四条)。


 国際司法裁判所規程(一九四五年)は、裁判所の構成、裁判官候補者の指名手続き、裁判官の選挙、開廷、裁判所の管轄権、用語、弁論手続き、判決などについて定めている。


 「裁判所は、徳望が高く、且つ、各自の国で最高の司法官に任ぜられるのに必要な資格を有する者又は国際法に有能の名のある法律家のうちから、国籍のいかんを問わず、選挙される独立の裁判官の一団で構成する」(二条)とされ、一五人の裁判官で構成されるが、そのうちのいずれの二人も、同一国の国民であってはならないとされる(三条)。


 裁判所の管轄は、まず「国のみが、裁判所に係属する事件の当事者となることができる」(三四条一項)とされる。国家間の紛争を解決することが主要な任務の一つである。「裁判所の管轄は、当事者が裁判所に付託するすべての事件及び国連憲章又は現行諸条約に特に規定するすべての事項に及ぶ。この規程の当事国である国は、次の事項に関するすべての法律的紛争についての裁判所の管轄を同一の義務を受諾する他の国に対する関係において当然に且つ特別の合意なしに義務的であると認めることを、いつでも宣言することができる」とされ、具体的には、ⓐ条約の解釈、ⓑ国際法上の問題、ⓒ認定されれば国際義務の違反となるような事実の存在、ⓓ国際義務の違反に対する賠償の性質又は範囲、について判断を下す。また、「裁判所は、付託される紛争を国際法に従って裁判することを任務とし、次のものを適用する」。ⓐ一般又は特別の国際条約で係争国が明らかに認めた規則を確立しているもの、ⓑ法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習、ⓒ文明国が認めた法の一般原則、ⓓ法則決定の補助手段としての裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説。


国際司法裁判所は数々の国際紛争について判断を下してきたが、ここで特筆するべきは、核兵器の使用に関する判断である。一九九六年七月八日、国際司法裁判所は、国連総会の要請に応じて勧告的意見を示した。核兵器の使用や核兵器による威嚇を認める慣習国際法は存在しないが、核兵器の使用や核兵器による威嚇を禁じる慣習国際法も存在しないとしたうえで、全員一致で、国連憲章第二条四項(威嚇・侵略の自制)に反し、第五一条(自衛権)の条件を満たさない核兵器の使用や核兵器による威嚇は違法であるとした。さらに、核兵器による威嚇や核兵器の使用は、核兵器に関する条約のみならず、武力紛争に適用される国際人道法を侵してはならないと判断した。評価が分かれたのは、国際法の現状を考慮すると、国家が存亡の危機にある時の自衛のための核兵器による威嚇や核兵器の使用は、合法か違法か結論できないとした点である。賛成七、反対七の可否同数であった。もっぱら自衛のための核兵器の使用とはいかなる自体か不明である。この点で限界があるが、国際司法裁判所が核兵器の使用について一定の見解を示したことは画期的であった。