Saturday, July 31, 2010

グランサコネ通信18

グランサコネ通信2010-18

2010年8月1日

前田 朗

オランダのハーグを経て、スイスのジュネーヴに来ています。8月2日から、国連欧州本部で国連人権理事会の諮問委員会が開催されます。同じ時期に人種差別撤廃委員会CERDも開催中。CERDは2月に日本政府報告書の審査を行いました。今会期は日本関連の話題はありません。

ハーグでは、国際刑事裁判所ICCと国際司法裁判所ICJを見てきました。ICJは前にも見たのですが、ICCは初めてです。つい先日、カンボジア特別法廷が初の判決を出しましたが、カンボジア特別法廷は「国際化された法廷(混合法廷、ハイブリッド法廷)」です。東ティモール法廷、シエラレオネ法廷も同じです。ニュルンベルク法廷、東京法廷、旧ユーゴ法廷、ルワンダ法廷は「アドホックな国際法廷」です。これらに対して、ICCは、地域限定のない初の国際刑事法廷です。侵略の罪、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪について、普遍的管轄権を有します(前田朗『戦争犯罪論』青木書店、2000年、同『人道に対する罪』青木書店、2009年)。ICCは、スーダン、コンゴ民主共和国などについて捜査を始め、逮捕状の発付に関する決定を出していますが、実体判決はまだです。今年か来年に初の判決が出る見込みです。そのICCを見たことがなかったので、ちょっと寄って来ました。観光だけですが。

せっかくハーグなので、マウリッツハウス(王立美術館)にも寄って、レンブラント、ルーベンス、ホルバイン、ブリューゲル、フェルメールを満喫してきました。フェルメールの「真珠の少女(真珠の耳飾の少女、青いターバンの少女)」も一年ぶりに見ました。去年、東京でフェルメール展がありました。超人気のフェルメールですから連日大入りだったそうです。でも、そこにはお目当ての「真珠の少女」がありませんでした。その頃、ジュネーヴで公開されていたからです。ジュネーヴでもすごい人だかりでした。今回は、平日のマウリッツでゆっくり1時間も眺めてきました。実を言うと、以前来た時、貸し出し中で、なかったため見ることができませんでした。本来あるべき場所で見たのは初めてです。それにしてもフェルメールの不思議。青いターバンと一筆描きの真珠だけで、世界を魅了してしまう。背景はただの黒、特段の技巧もなしの小品にもかかわらず、信じがたい傑作。

ハーグは涼しくて風邪を引きそうになりました。ジュネーヴも素敵な青空、爽やかな涼風、東京の猛暑から逃れてご機嫌の日々です。

宇野重規『<私>時代のデモクラシー』(岩波新書、2010年)

 トクヴィル研究者による現代日本政治の理論的考察です。市民ではなく<私>が前面に出て、私らしさが求められる現在の、「答えなき時代のデモクラシー」を読み解く試み。<私らしさ>の追及は、他人と違う私でありながら、どこにでもいる普通の私に過ぎないという矛盾の中で、平等と不平等の空転のはざまに陥ります。「新しい個人主義」は、私の浮遊をもたらし、「五里夢中のデモクラシー」を招きます。こうした現状で、過程としてのデモクラシーをいかに実現するか。著者は東京大学社会科学研究所准教授で政治思想史、政治哲学専攻。「上限関係」という意味不明の言葉が用いられていると思ったら、単に「上下関係」の誤植。この出版社らしいと思うのは私だけ?

有馬哲夫『CIAと戦後日本--保守合同・北方領土・再軍備』(平凡社新書、2010年)

 公開された米CIA文書を駆使した戦後政治史。「軍隊なき占領は続いていた。」(オビより)。著者は、すでに日本テレビとCIA(新潮社)、『原発・正力・CIA』(新潮新書)、『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』(平凡社新書)を出しているそうです。日本政府の文書管理がめちゃくちゃで、まともな公開がなされないばかりか、隠匿・改竄・処分が堂々と繰り返されてきたため、米文書の公開によって始めて明らかになることが多い戦後日本史。本書は、保守合同や再軍備過程の一断面を鮮やかに切り取って見せてくれます。オモテで語られてきた戦後史と、ウラの戦後史のあまりの落差にめまいを覚えながら読むしかありません。戦後民主主義の無惨さの根拠がよくわかります。