Monday, February 22, 2010

グランサコネ通信2010-03

1)グアテマラ報告書審査

19日は終日雨でした。午前中は国連欧州本部の図書館でメールチェック。新聞社回りをして昼食。午後から人権高等弁務官事務所HCHRパレ・ウィルソンにいきました。レマン湖のほとりに立つビルで、国際連盟発案者のウッドロー・ウィルソンの名前を冠しています。人種差別撤廃委員会CERDでグアテマラ政府13回目報告書の審査が行われていました。CERDで驚いたのは18人の委員のうち女性がアイルランドとブルキナファソの2人しかいないことです。以前はこんなことはなかったのに、いつの間にか男だらけ。女性はCEDAWやCRCに集まっているのかも。いいのか。グアテマラ政府は、冒頭に、CERD議長及び委員に対してだけではなく、NGO、とりわけ先住民族NGOに感謝すると述べて、プレゼンテーションを始めました。グアテマラ代表団には、大使の他に、先住民族差別問題委員会事務局長や、先住民族出身女性外交官が含まれていました。グアテマラには、マヤ、ガリフナ、シンカの3先住民族がいるということで、ほとんどその話でした。教育、言語、就業、女性に対する暴力などの概要。報告書(CERD/C/GTM/12-13. 17 September 2009)は100ページを越える大作です。コロンビアの委員がメインの質問。続いてロシア、イギリス、ルーマニアの委員などが質問。さまざまな施策をとっていますが、人種差別禁止の基本法がないことがとりあげられていました。個別にはいろいろ規制しているといっていましたが、基本法がない。この点は日本と同様。いくつか法案が準備されているそうですが、それも個別分野のようです。

宮田律『紛争の世界地図』(日経プレミアシリーズ、2009年)--イスラム地域研究で知られる著者の現代世界論です。「1冊で分かる世界の紛争」といった本はよくあります。たいてい近視眼的で、紛争の原因は資源と民族対立と宗教に決め付けています。本書は、第1に、イスラム研究者だけあって、欧米とイスラム圏を対比していますが、それだけではなく、中国とインド、ラテンアメリカ、アフリカなど世界全体を視野に入れています。第2に、資源、宗教、民族だけではなく、軍産複合体、軍需産業をきちんととりあげ、民間軍事・戦争会社PMCの問題も射程に入れています。コンパクトな1冊で世界の紛争がそれなりにわかるいい本です。フランス革命を「1979年」としているのはご愛嬌(笑)。

控えめに地元のGamay de Geneve.

2)東アジア平和宣言のために

20日は、「東アジア歴史・人権・平和宣言」の関連文書作成。簡単にできると思っていたのに、「東アジア」の概念定義に悩んで、苦労した挙句、陳腐な定義に。途中で放棄して、「非国民入門セミナー」の記録の整理作業を行いました。第6回セミナーの安里英子さんへのインタヴューをまとめ、第8回セミナーの辛淑玉さんへのインタヴューの整理を始めましたが、朱入れをしたところ、真っ赤に。

亀山郁夫『「罪と罰」ノート』(平凡社新書、2009年)--ドストエフスキーの新訳を進めてきた著者による『罪と罰』の新解釈です。1949年生れの著者は、この作品を全身で受け止めることのできるのは若者だけだと言います。著者自身も含めて、若者ならざる者には、ラスコーリニコフともドストエフスキーとも「同期」しえないと言います。もちろん、そう言いながらも、新訳を刊行してきた著者自身が特権的地位を主張していることも言うまでもありません。結果として、著者以外に本書をきっちり受け止めることができるのは、著者が保証する若者だけということでしょう。そうかも、と思いつつも、若干違和感を感じるのは、執筆当時ドストエフスキーが45歳だったからです。それはともあれ、『罪と罰』を読んだのは2回です。1度目は学生時代でした。もちろん江川訳です。2回目は院生時代です。というのも、刑法を専攻していたので、近代刑法思想との関連で再読する必要を感じたからです。そして、1回目には感動したはずなのに、2回目にはまったく感銘を受けなかったことを思い出しました。刑法研究の必要から小説を読むという行為は、とてもつまらないものです。ところで、亀山著は、文学者による文学再解読ですが、非常に緻密な論証と、自由奔放な推測(何も根拠のない叙述。その場合は「私はそう思う」といきなり断定します)とが交錯し、あざやかな「読み」を展開しています。なるほど文学とは、文学作品を文学的に読むとはこういうことなのでしょう。本書の結論は、第一に、ラスコーリニコフはドストエフスキーだというものです。そんなことなら誰だって言ってきたと思いがちですが、一般論としてではなく、作品の内的構造や、主題の意味を追及した結果としての結論です。第二に、最大の主題は「母親殺し」だというものです。途中には「父親殺し」についての検討もあるのですが、「母親殺し」に焦点が当てられます。なるほどと思い、30年の歳月を経て、『罪と罰』や『悪霊』をもう一度読みたくなってきました。ちなみに、ラスコーリニコフに殺される金貸しの老婆について、「頭には何もがぶっていなかった」という表現が出てきます。「がぶる」って、相撲でしか聞かない言葉です(笑)。

21日午前は、「東アジア歴史・人権・平和宣言」の関連文書作成。「東アジア」の概念定義にこだわるのはやめました。近代日本の戦争と植民地支配に関わる歴史的概念としました。あくまで、たたき台なので、今後議論のなかでより精緻になればと思います。

3)ヘイト・クライム

CERD今会期に提出された各国政府の報告書を眺めてみました。アルゼンチン、グアテマラ、カメルーン、アイスランド、オランダ、オランダ=アルバ、カザフスタン、カンボジア、スロバキア、日本など。報告書作成のスタイルが違うので、直接比較できない点もあります。やはりオランダ、アイスランドの報告書がよくできています。カザフスタンやスロバキアについては初歩の初歩の知識もないため、「そうだったのか」と思うことばかりです。

 オランダ報告書(CERD/C/NLD/18. 3 March 2008)は冒頭で、最近の重要な人種主義事件として、オランダ人と民族的マイノリティの対立の中でおきた、2004年11月2日のテオ・ファン・ゴッホ殺害事件とその後の政府の施策を示しています。インターネット上の人種差別についても一項目を設けています。人種差別撤廃条約4条に関しては、2004年の刑法改正によって、差別事件の刑罰の上限を上げたことを紹介した後、2002年から2007年にかけての差別事件の判決をまとめています。例えば、2002年2月22日、レルモンド地裁判決は、民族的マイノリティ集団に向かって、「外国人は出て行け」「ホワイト・パワー」「汚い外国人、汚いトルコ人」などと叫んだ男性を、40日間に80時間の社会奉仕命令と、1ヶ月間の刑事施設収容(執行猶予付)としています。2006年11月6日、ブレダ地裁は、皮膚の黒い女性に向かって「ホワイトパワーは永遠よ、いまこそホワイトパワーよ」と叫んだ若い女性に、500ユーロ(うち250ユーロは執行猶予付)を言い渡しました。こうした判決がいくつも紹介されています。

 他方、アイスランド報告書(CERD/C/ISL/20. 27 October 2008)は、条約4条に関して、まず一般刑法180条が、人種差別的理由に基づく商品やサービスの拒否が、罰金又は6ヶ月以下の刑事施設収容としていること、233条が、人種差別的理由に基づく、嘲笑、中傷、侮辱、威嚇などの攻撃をした者には罰金又は2年以下の刑事施設収容としていることを紹介しています。2002年4月24日、最高裁判決は、週末新聞インタヴューで、不特定の集団に対して、あざけり、中傷、屈辱を加えた被告人について、有罪を確定させる判決を言い渡しました。180条に関する事件はこのところ報告がないということです。233条については最近4件の報告がありましたが、証拠不十分その他の理由で不起訴に終わっているとのことです。また、インターネット上で、若者グループが「アイスランドにおけるポーランド人に反対する協会」をつくっているため、警察が捜査していますが、外国のサーバーに投稿されているため、捜査に限界があると報告されています。

 日本には人種差別禁止法がないこと、比較法研究がほとんどなされていないこともあって、立法提案はあるものの、議論がなかなか進みません。日本政府は「表現の自由だ」などと言いますが、とんでもありません。たいていの国では犯罪です。ここ2年ほど、私もほそぼそと研究を始めていますが、今年は本格的にやらなくてはと思っています。ヘイト・クライムについてはアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなど英米法の文献を集めて読み始めたところです。他方、CERDへの各国の報告書をフォローすれば世界的傾向を明らかにできます。英米、北欧、西欧の法規制が進んでいますが、欧米に偏らず、もう少し調べる必要があります。

Don Pascual, Navarra, Ribera Baja Clasico, 2005.

2月24日から26日にかけてジュネーヴで、第4回死刑反対世界会議が開かれます。日本からもNGOが参加するようです。24・25日はCERDの日本政府報告書審査とぶつかっているので、参加できません。26日は、都合がつけば覗いてみようと思います。