Monday, August 03, 2009

ヘイト・クライム(6)

週刊金曜日』597号(2006年3月)

日本には人種差別がある

国連人権委員会特別報告者、日本政府に勧告

昨年七月に来日した国連人権委員会の人種差別に関する特別報告者の報告書が公表された。報告書は、日本政府に対して、人種差別禁止法を制定すること、人権委員会を設立することなど多くの勧告を行なっている。

人種差別の隠蔽を批判

「日本政府は、日本社会に人種差別や外国人排斥が存在していることを公式に表立って認めるべきである。差別されている集団の現状を調査して、差別の存在を認定するべきである。日本政府は、人種差別と外国人排斥の歴史的文化的淵源を公式に表立って認め、人種差別と闘う政治的意思を明確に強く表明するべきである。こうしたメッセージは、社会のあらゆる水準で人種差別や外国人排斥と闘う政治的条件をつくりだせるのみならず、日本社会における多文化主義の複雑だが意義深い過程を促進するであろう。」

今回公表された報告書は、日本政府に対して、もっとも根本的なレベルからの勧告を行なっている。というのも、人種差別の事例を一つひとつ指摘したり、その克服のための提言をしているだけではない。何よりもまず日本政府が日本に人種差別のあることを認めるように迫っているのである。このことの意味は大きい。なぜなら、日本政府は従来、日本社会に人種差別が根強く存在することに光を当ててこなかった。それどころか、人種差別の存在を隠蔽したがっていると疑われるような姿勢をとってきたからである。

 毎年ジュネーヴ(スイス)の国連欧州本部で開かれてきた国連人権委員会や人権促進保護小委員会、日本政府報告書を審査した二〇〇一年三月の人種差別撤廃委員会、同年八月にダーバン(南アフリカ)で開かれた人種差別反対世界会議――これらの国際会議に参加してロビー活動を展開してきたNGOにとっては、人種差別が現に存在することを日本政府に認めさせるためにエネルギーを使い続けてきたのが実情なのだ。

 特別報告者の勧告は、人種差別を隠さずに認めて、その克服のために国際社会並みのスタートラインに立つことを日本政府に求めている。日本社会構成員の九八%以上が日本人であり、圧倒的多数を占めているため、差別される側の痛みを理解しない社会意識が根強い。政府が的確に事実を認識して人種差別対策を行なわなければ、被害者の声が掬いとられることがない。

 国連人権委員会の特別報告者が日本の人権問題について報告書をまとめたのは、一〇年前のラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」による『日本軍「慰安婦」に関する報告書』(一九九六年)以来二度目のことである。

 報告書の正式名称は『人種主義・人種差別・外国人排斥・関連する不寛容の現代的諸形態に関する特別報告者ドゥドゥ・ディエンの報告書:日本訪問』(E/CN.4/2006/16/Add.2)である。ディエン特別報告者は、二〇〇五年七月三日から一一日にかけて来日し、大阪、京都、東京、北海道および愛知を訪問した。日本政府の外務副大臣、関連省庁担当者、裁判官、および大阪・京都・東京・札幌の自治体関係者と面会した。また、日本弁護士連合会を含む多くのNGOメンバーと会合を持った。その上で作成された報告書だが、残念ながら東京都知事には会えなかったとわざわざ明記されている。国際的に有名な差別主義者の都知事に面会したかったのであろう。

差別禁止法を求める

 ディエン報告者は、日本における人種差別の現状を分析し、日本政府の政策や措置も検討した上で、二四ものパラグラフに及ぶ勧告を行なっている。特に強調されているのが、人種差別が存在することを公的に認め、人種差別を非難する意思を明確に表明し、人種差別と闘うための具体的措置をとること、従って、そのために人種差別禁止法を制定することである。

 「日本政府は、自ら批准した人種差別撤廃条約第四条に従って、人種差別や外国人排斥を容認したり助長するような公務員の発言に対しては、断固として非難し、反対するべきである。」

 都知事をはじめとする政治家による差別発言や暴言の数々はいまや国際的にも知られている。

 「日本政府と国会は、人種主義、人種差別、外国人排斥に反対する国内法を制定し、憲法および日本が当事国である国際文書の諸規定に国内法秩序としての効力を持たせることを緊急の案件として着手するべきである。その国内法は、あらゆる形態の人種差別、とりわけ雇用、住居、婚姻、被害者が効果的な保護と救済を受ける機会といった分野における差別に対して刑罰を科すべきである。人種的優越性や人種憎悪に基づいたり、人種差別を助長、煽動するあらゆる宣伝や組織を犯罪であると宣言するべきである。」

 勧告は、二〇〇一年の人種差別撤廃委員会の日本政府に対する勧告を引用して、人種差別禁止法の制定を呼びかけている。人種差別撤廃委員会において、日本政府は「日本には処罰する必要のある人種差別は存在しない」と述べて、顰蹙を買った。

 日本政府は人種差別禁止条約を批准した際に、人種差別行為を犯罪とする内容を規定した条約第四条(a)(b)の適用を留保した。これに対して、人種差別撤廃委員会は、日本政府の留保は条約の基本的義務に合致しないと指摘した。特別報告者も同様の指摘をして、人種差別禁止法の制定を求めている。

 日本政府は、表現の自由を根拠に人種差別の処罰は困難であると述べて世界を驚かせた。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツをはじめ世界中で多くの諸国が何らかの形で人種差別を禁止し処罰している。これらの国には表現の自由がないのだろうか。人種差別撤廃委員会は、人種差別表現の自由などというものは認められないと指摘した。それから五年、特別報告者の勧告も同じことを述べているが、日本政府の姿勢に変化は見られるだろうか。

勧告を手がかりに

 ディエン報告者は、差別を受けている被害グループそれぞれについて現状を分析し、NGOが提供した情報を吟味して、様々の勧告を記している。

就職や各種のサービス業において差別をするために個人の出身地に関するリストを作成することを禁止する法律を制定すること(いわゆる「部落地名年鑑」を想定している)、人種差別を明確に禁止した人権憲章を制定すること、独立した平等・人権国内委員会を設置すること、その委員について国籍条項を設けないこと、ダーバンで開かれた人種差別反対世界会議で採択された「ダーバン宣言と行動計画」に基づいて人種差別と闘うための国内行動計画を策定すること。

少数者や近隣諸国の関係者の歴史を客観的かつ正確に反映するように、歴史教科書を見直すこと。被差別部落民、アイヌ、沖縄人、在日コリアン、在日中国人の歴史や文化を教科書に記述すること。記述に当たっては、長い視野で歴史を捉え返し、差別の起源を明らかにすること。植民地時代や戦時における日本の犯罪、特に「慰安婦」制度の事実と責任を記述すること。

 アイヌを先住民族と認めて、国際法に従って先住民の権利を承認すること。先住民族に関するILO条約を批准すること。アイヌの鮭の漁業権を認めること。少数者の代表を国政に送るために国会にアイヌや沖縄人の代表割当制を採用すること。アイヌの独立メディアを創設すること。沖縄の米軍基地による人権侵害を徹底調査し、その結果生じている差別について監視すること。

 朝鮮学校など外国人学校に対する差別的処遇を撤廃すること。補助金などの財政援助を行なうこと。大学受験資格を認めること。朝鮮学校生徒に対する差別と暴力を予防し、処罰すること(いわゆる「チマ・チョゴリ事件」を念頭においている)。国民年金から排除されている朝鮮人高齢者を救済すること。ウトロに居住する朝鮮人の生活と居住を保障する措置をとること。

 国営メディアは、社会に多元主義を反映するように、少数者に関する番組により多くのスペースを割くこと。外国人に対して雇用、居住などの権利や自由を保障すること。外国人に対する偏見を予防するために文化政策(文化間・宗教間の対話等)をとること。

 勧告は日本政府だけに向けられたものではない。

 人種差別禁止法の制定にあたっては、関連するコミュニティが制定過程に参加することが求められる。差別されている諸グループは、互いに連帯の精神をもって行動し、多元主義社会を達成するために互いに援助しあうことが求められる。

 人種差別の克服は、人種差別撤廃条約を批准した日本政府の責務であるが、同時に日本社会構成員の責務でもある。差別被害を訴えている当事者をよそに、差別の存在を否定する政府。フランスにおける暴動や、イスラム教風刺漫画による世界の混乱は大々的に報道するが、日本の中の差別には無関心なメディア。被害者が普段はなかなか「見えない人」であるがゆえに「見ようとしない」私たち多数者の日本人。

ディエン報告書は、「見えない問題」が実は私たちの周囲に確実に存在していることを教えてくれる。そして「差別問題」が差別される側の問題である以上に、差別する側の問題であることに気づかせてくれる。

差別のない社会はない。だからといって、差別は仕方のないものではない。少数者に対する差別を放置していることは、九八%の多数者の人間の尊厳を自ら傷つけることでもある。ディエン報告書を手がかりに、日本社会における人種差別との闘いを活性化していくことが私たちに求められている。